海外からの来訪者も多数「目黒寄生虫館」館長が語る 寄生虫を学ぶ意義とは

コラム

東京都目黒区にある「目黒寄生虫館」(目黒駅西口から徒歩約12分)は、その名の通り、寄生虫を専門に扱う研究博物館。この博物館の館長・倉持利明さんは、水族館の飼育員や国立科学博物館などでのキャリアを経て、2021年に目黒寄生虫館の館長に就任。
そんな倉持さんに、博物館の見どころや、自身の寄生虫研究のきっかけ、寄生虫を知ることの意義など、さまざまな切り口でお話をうかがいました。

館長 倉持利明
倉持利明 館長

国家資格受験を控える学生や海外からの観光客 来館者は幅広い

目黒寄生虫館は、研究も行う「研究博物館」ならではといえる多数(約60,000点)の標本・資料の中から、館内では約300点を展示。1953年に初代館長で医師・医学博士の亀谷了(かめがい さとる)先生が私財を投入し創設した博物館です。


創設の背景について「当時はまだ戦後の混乱が続いている頃で、おそらく日本で一番寄生虫が多かった時期じゃないかと思う。そんな中亀谷先生が、日本における寄生虫学の研究の集大成を、展示という形で見ていただいて、公衆衛生・寄生虫予防、さらには感染症の予防(=予防医学)を普及させようと創られた」と倉持さんは説明。


館内では、1階は「寄生虫の多様性」、2階は「人体に関わる寄生虫」をテーマに寄生虫を展示。そのこだわりは「寄生虫の標本を美しく見せること」。ぎょう虫などの線形動物、サナダムシ(=条虫類)などの扁形動物など寄生虫は様々な分類群におり、展示も分類群ごとに分けることで、「寄生虫の多様性というものが見て取れる」ようにしているそう。また、「生物の進化の過程で、寄生適応という現象が繰り返し何度も起きているということを理解していただけるといいなと思っている」と語ります。

特徴は来館する方の層が「非常に広い」こと。「お子様連れのファミリー」「シニアのグループ」「若者のカップル」に加え、「医学部、獣医学部、看護学部、保健学部の方々が、学校の実習の一環として見える場合もありますし、友達同士で(勉強に)来ていただく場合もあります」とのこと。国家資格受験を控え「教科書の写真で見るんじゃなくて、もの(標本)で見て覚える」べく来館する学生さんが多いそう。

メジャーな観光地ではない、住宅が多いエリアに位置しながらも外国人観光客の来館も多く「(来館者の)二割くらいは外国の方かもしれません」と倉持さん。マイクロソフト創業者のビル・ゲイツが訪れたこともあり、Webサイト「Gates Notes」のコンテンツとして、「結構長い尺で『顧みられない熱帯病』=『Neglected tropical diseases(NTDs)』(WHOが指定する21の疾患)の紹介で番組(動画)にしてくれた」とのこと。

倉持さんは「今日帰らなきゃいけないという忙しい日程の中で、『数ある博物館、美術館の中で何故うちを選んでくれたの?』って(ビル・ゲイツに)聞いたんです。すると『自分がやってる活動と同じ方向を向いてるじゃない』って。感染症対策や貧困対策に彼はすごいお金を使っている。『あなた方の活動も同じでしょ』という感じだったので、ありがたいなと思いました」と振り返ってくれました。

寄生虫を取り巻く環境への意識

「(寄生虫には)まだまだ新種がいます。地球上には、学名がついてない種がたくさんいるんです」と倉持さん。「グローバルな意味では寄生虫問題はまだある。熱帯地方に行けば、寄生虫は今も猛威を振るっています。21の疾患『顧みられない熱帯病』のうちその半分以上は(原因が)寄生虫ですからね」と語り、さらに熱帯地方に限らず「ヒトの回虫だって、ぎょう虫もそうだけど、完全になくなったわけではない。よくよく調べていくと人のヒト回虫がイノシシの体内で残っていたり、どこかで生きているということがある」といいます。

「今一番、気になっているのがクマ。捕獲・駆除されていて、『あの肉、どこに行ったんだろうな』と。正しい知識と技術を持った人がちゃんと解体して流通させてくれるならいいけれども、例えば地元の猟師さんたちで集まって、お肉をみんなで分けっこしちゃった時とかに、深刻な病気に罹らないといいな(と心配している)」と例を挙げた倉持さん。 “ジビエブーム”のように「時代が変わってくると、今まで食べなかったものを食べるようになったりするじゃないですか。だから対策もアップデートしていかなきゃいけない」と警鐘を鳴らします。

寄生虫対策として我々が日常で気をつけるべき点を聞くと「生ものを食べない、野菜を洗う、手を洗う、うがいをする」ことだと倉持さん。しかし世の中は「まだ隙だらけ」だといいます。「実は病気がなくならない。どこかで食べている人がいるので」と食品衛生法で禁止されている牛レバーの生食を例に挙げ、さらに「アニサキス症。日本の食文化の中で生のお魚を尊ぶ伝統ってある。だけど、『冷凍しているものでいいじゃない』とパラダイムシフトしないといけないように思います。冷凍すればアニサキスは死んじゃうので、お腹がのたうち回るほど痛くなるようなことは少なくとも防げるということをもっと周知しなきゃいけない。もともと、遠洋漁業で取ってくるマグロはカチンカチンに冷凍されて帰ってくる。それを美味しいと食べているんだから、極端な言い方、さっきまで泳いでいたお魚をお刺身にしたものとかをみんな喜んで食べるけど、そうじゃなくてもいいじゃないと。そういう考え方の変革を」と、寄生虫をとりまく環境について語ります。

ベーリング海でのイルカの調査が寄生虫研究のきっかけ

今回の取材では倉持さんのキャリアについても深掘り。大学で「お魚の研究をしていた」という倉持さんは、卒業後、水族館・京急油壺マリンパークでイルカのトレーナーを務めるも、大学時代の魚類の研究と、哺乳類であるイルカが結び付かず「こんな興味深い動物たちと一緒に過ごしているのに、論文も書けないのも情けない」と考え、「また受験勉強をして」新たに哺乳動物学を学ぶことを決意し東京農工大学農学部共同獣医学科(当時農学部獣医学科)へ。

「普通に授業を受けていただけじゃ無理、人一倍努力しないといけない」と考え、「国立科学博物館にイルカ・クジラの先生がいらしたので、大学に行きながら弟子入りさせていただいて」と大学の内外で精力的に学んでいた倉持さんに、ベーリング海への調査船乗船の機会が。「捕獲したイルカを解剖して、いろんなデータとか標本を取る仕事。その時に寄生虫を見つけた」というのが、寄生虫研究のきっかけ。

イルカの寄生虫を研究すると決めた倉持さんは、東京農工大に通いながら、国立科学博物館にいた「寄生虫の先生」の「門下生」に。「農工大にいる間はもう科学博物館に入り浸ってましたね」とのこと。その後、倉持さんは国立科学博物館で動物研究部研究部長などを歴任し、在籍期間は20年以上に及びます。

そして、「(自分が)定年になったら来てくれよな」と声をかけてもらっていたという目黒寄生虫館の第5代館長で現在の名誉館長・小川和夫さんや、第2代館長・亀谷俊也さんとの交友から、目黒寄生虫館に来ることになったとのこと。

博物館の楽しみ方は現代風にアップデート

各階の展示テーマや寄生虫の標本、寄生虫の生態などから着想を得て音楽レーベル・ユニット「Vegetable Record」が制作したオリジナルサウンドスケープや、寄生虫の柄を大胆にあしらったTシャツなどのオリジナルグッズ展開、寄生虫をオンライン上での3Dモデルで見ることのできるサイトの公開、公式YouTubeチャンネルの運営などの多彩な展開も、目黒寄生虫館の特徴の一つです。

「館のポリシーを守りつつ、現代風にアップデートしていって、若い世代にはどんどんアピールしていきたい」と語る倉持さん。「電車の中でも(着ている人を)見る」というTシャツなどのグッズについては「(入館料が)無料だから、大事な収入源になっている。かといって安直なものは出したくないから、全部オリジナル。Tシャツも研究員みんなで話し合って作っている」、「特別展をやるたびに映像コンテンツを作って」いるYouTubeも館内で内製。「映像をとにかく撮りまくって、それを切ったり貼ったりして、一つの番組作っていくのは好き。Adobe Premiere Proを使ってやってますよ」とのこと。

さらにデジタル面では、全国の博物館・大学・研究機関が所蔵する自然史標本とデータセットの情報が一つのプラットフォームで検索できる「サイエンスミュージアムネット(S-Net)」に標本のデータベースを提供。「データを一万何千件、去年サイエンスミュージアムネットに渡したので、今年中には公開になると思います」と倉持さん。S-Netへの提供により、S-Netと連携した「世界中の生物のデータを一つのところに集めましょうというプロジェクト」であるGBIF(地球規模生物多様性情報機構)のデータベースを通して博物館のデータベースを「世界的に公表されることになる」と、展開を広げています。

幅広い分野の学問を取り入れる

館内では、7月5日(日)まで特別展「寄生・共生関係 太古の海と今の海」が開催中。

「寄生性の貝、巻き貝の研究をしている」研究員の発案だそうで「寄生虫ってやわらかい動物が多いから化石が残らないんですよ。けれど、寄生性の貝は貝殻が残る。(これまでの展示で)『化石ってやったことないよね』という話になって。今回化石を出しています」と、貝殻の他にも海洋の宿主動物の化石と現生の標本を展示。さらに、この特別展を共催している蒲郡市生命の海科学館とは、「今年の夏休みは、コラボレーションして蒲郡で寄生虫の展示をします」という展開も予定。シンポジウムへの登壇や、イベント・他の博物館への出展など、外部での展開も「どんどんやっていこうと思っています」とのこと。

さらに、これからの研究について聞くと「寄生虫学に留まることなく、なるべく幅広い分野の学問を取り入れてやっていきたい」と、すでに取り入れている歴史や、そのほかにも文化・芸術など、他の学問とも組み合わせて行っていきたいそう。実は、博物館課程を履修する学生の博物館実習で、目黒寄生虫館で実習をする学生は「大体半分ぐらいが芸術学部の人」だそう。寄生虫学は「芸術を追求する人たちに何か訴えているものがあるんだよね、きっと。それはありがたいこと」と倉持さんは語ります。

最後に寄生虫学を学ぶことの魅力を一言で表してもらうと「寄生現象は究極の相互作用。いろんな動物が寄せ集まって、一つの生命現象ができているというところに魅力を感じる」と表現してくれました。

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