
人を刺すハチは実は少数?自然環境に有益な点は?
寄生蜂専門の学芸員に聞いた“ハチのホント”

神奈川県小田原市にある「神奈川県立生命の星・地球博物館」(箱根登山電車 入生田駅から徒歩3分)は、「地球と生命・自然と人間がともに生きること」をテーマに、地球がどのようにできたのかを知る展示、多様な生き物のすがたを探る展示、地元・神奈川の大地のおいたちを探る展示などがあり、多彩な切り口から自然史を知ることができる博物館です。
その中で、動物・植物グループに属し、昆虫(昆虫分類学、多様性情報学)を専門とする主任学芸員が渡辺恭平さん。特にハチの仲間に精通しており、これまで新種のハチも多数発表しています。

館内では、常設展「昆虫の世界」が今年2月にリニューアル。渡辺さんが採集した昆虫も多数展示されています。そこで渡辺さんに、展示の楽しみ方や、ハチの研究・採集の舞台裏、一般的に「刺されると痛そう」というイメージのあるハチに関する疑問など、さまざまな切り口でお話をうかがいました。
幼少期のクワガタ体験から大学での寄生蜂研究に至るまで
渡辺さんが昆虫に関心を持ったきっかけは、幼稚園児の時にノコギリクワガタと出会ったことだそう。大学では寄生蜂の研究に没頭、その後学芸員となり現在に至りますが、昆虫の中でも特にハチに興味を持ったのはなぜなのでしょうか?
まずノコギリクワガタとの出会いについて聞くと「私が子供の頃は平成の初期ですから、公園や(家の近所の)その辺で遊ぶことが当たり前のようにあった時代でした。公園で虫を捕っている時に、たまたま木にでっかいクワガタがついていた。クワガタは本では知っていましたけど、本物のクワガタが木についているということの衝撃ですよ」と振り返る渡辺さん。その後クワガタを飼い、昆虫に「のめり込むように」関心を持っていったそう。
しかし小学校の5・6年生くらいの頃に「クワガタブーム」が起こり、クワガタが手軽にペットショップなどで購入し飼育できるように。「大好きなクワガタがお店で売られていることとか、それに大人が値段をつけるということが非常に嫌になりまして。虫はやっぱり買うものではなく捕るものだろうと」と感じた渡辺さん。そこで「クワガタから離れた」ものの「近所に虫が好きな子がいまして。その子が標本の作り方を知っていたんです」と、今度は標本作りに興味を持ちます。
標本作りはチョウが入り口になることが多いそうで、そこから「いろんな昆虫(の探求)を中学、高校とやって、大学で昆虫のことを学んで昆虫学者になりたいという昔からの思いがより強くなった」といいます。
そこで大学でどんな昆虫を研究するか、すべての昆虫のグループについて「一回全部探して、調べてみた」渡辺さんは、その中で「簡単にわからない昆虫が二つあって、それがハチの仲間とハエの仲間だったんです。どっちにしようかと思った時に、ハチの方がかっこよかった」とハチの研究を志すに至ります。
さらに各地にあるという「昆虫好きが集まる会」で、「ハチに詳しいおじいちゃん」に出会い「その師匠にいろいろ教わりながら」ハチについて知っていった渡辺さん。ちなみにその方は今でも「師匠」だそうです。
大学は農学部へ。「(進学した)大学には、伝統のある昆虫の研究室があって、そこは人に迷惑かけなきゃどんなテーマをやってもいいという比較的自由なラボなんです。さらに運が良かったのは、熱意がある学生は一年生から研究室に顔を出して良いということで、入学式の翌日から研究室に通わせていただいて」と渡辺さん。

ハチの中でも、大学で寄生蜂の研究を専門とした理由は、先述の「師匠」が「サラリーマンだった方なんですけども、世界中のハチをバンバン見分けるような方。その師匠にいろんなハチを持っていくと、『わからん!』と言うハチがあって、それが寄生蜂だったんです」という点から。
「師匠がわからないところにロマン」「学問的にまだやることがある」と感じ、さらに「作物を食べる害虫につく寄生蜂は我々にとっても有益」と寄生蜂の農学的な有用性もあることから、寄生蜂の研究に没頭。その後、博士課程時に見つけた学芸員募集の公募に合格し、「神奈川県立生命の星・地球博物館」学芸員となりました。
人を刺すハチとはどんなハチ?
渡辺さんは普段どのようにハチを採集しているのでしょうか?そして、ハチにはどんな仲間がいるのでしょうか?採集の方法や、ハチの生態などを詳しく聞きました。

写真左:オオスズメバチ。忌み嫌われる大害虫だが、多くの昆虫の天敵としての機能も担う
写真右:キムネクマバチ(いわゆるクマバチ)。見た目は怖いが大人しいハチの筆頭で襲ってこない
「ハチは昆虫の中の五分の一近くを占める巨大なグループ。例えばアリもハチの仲間ですからね。だからちょっと目を凝らせばいくらでもいるわけです。(採集は) 近場から、どこでもできます。家の庭で新種のハチが見つかる、ということもありえますし」と渡辺さん。遠方での採集も「沖縄や北海道、はたまた海外まで行くこともあります。必要に応じてですが、(季節や環境の状況を踏まえて)ある程度は狙いをつけて」行っているよう。
「一般的に、ハチは刺されると痛いイメージがありますが、採集の時には大丈夫なんですか?」と聞いてみると、「実はハチの中で刺す種類って本当にごくわずかなんです。皆さんがよく知っているスズメバチとアシナガバチ。(人を刺す)彼らが悪さをしすぎているせいで、ハチのイメージが悪くなっていますね。日本にハチは7000種ぐらいいるんですが、スズメバチ、アシナガバチの仲間はだいたい30種くらいですね」とのこと。周囲に注意して採集をしていることや、安全に留意した方法で捕獲しているため、刺されることもないそうです。
さらに「ハチの中でも、なんで彼らが(人を)刺すかという理由を考えると、実は大半のハチは刺さないというのが見えてくる」といいます。
「もともとハチは葉っぱを食べるものが最初。卵を産む管を使って、植物に穴を開けて卵を産んでいたのが、植物に(管を)刺した時にそこに他の生き物がいて、肉の味を覚えちゃったのが出てきたんですよ。それが、私が研究している寄生蜂」と渡辺さん。

寄生蜂。シイタケの害虫に寄生し駆除に貢献するシイタケハエヒメバチという種。
渡辺さんが日本から記録

葉を食べるハチ。スギナ(ツクシが成長したもの)を幼虫が食べるハバチの仲間
そのため寄生蜂は、子供の餌になる他の生き物に卵を産みますが「産んだらもうほったらかし」。そこから「どこか安全なところに」産むべく出てきたというのが「狩りバチ」という仲間だそう。さらに「安全なところに巣を作ろうとしていくと、仲間がみんな同じところに集うわけですよ。そうすると、家族で暮らせばよくない?という風になったのがアシナガバチ、スズメバチ」と、人を刺すハチは進化的には「非常に進んだハチ」で、なぜ人を刺すかというと、他の多くのハチはそもそも家族で暮らさない中、アシナガバチ、スズメバチには「家族がいるから」なのです。
「家族がいるハチは、日本のハチでいうとごく少数。それらのハチだけを見て危ないって思うのは、ちょっともったいない」と語ります。
このように一言でハチと言っても、その生態はさまざま。館内では、神奈川県の水がめとして重要な丹沢山地でブナ林を荒らすブナハバチの個体数を約3割減らし、水源林の保全に貢献するヒメバチのような、我々の日常生活にとって有用なハチも紹介されています。
さらに「ある面では害虫なものも益虫だったりする」という例も。例えば、人を刺すこともあるオオスズメバチ。
「日本にはもともといないセイヨウミツバチが野生化すると、そこにいるもともと花を利用している昆虫と競合が起こって、生態系に重大な被害を与える」と言われている中で、セイヨウミツバチが日本で野生化しないのは「オオスズメバチがもう手当たり次第滅ぼすんです」という点や、「ブドウなどの害虫になるコガネムシを食べる天敵としてもオオスズメバチが役に立っている」という点を挙げ、「オオスズメバチというのは大害虫でもあるんですけれども、ある意味環境保全や、農業害虫の駆除という面で見たら益虫でもあるのです」という側面を教えてくれました。
日本で見られる昆虫を多数展示
「神奈川県立生命の星・地球博物館」では、常設展「生命を考える」内の「昆虫の世界」の展示内容を今年2月に増設。

今回の増設の目玉は、これまで手薄だった「日本の昆虫」の展示が大幅に拡充されたこと。新たに日本国内で見られる昆虫約730種類・1200個体が展示され、そのうち約6割は、渡辺さん自身が採集したもので構成されています。

来館時、どのように展示を楽しんでほしいかを聞くと「博物館というのは、学校のように『とにかくこれを勉強しなさい』という場ではないんです。だから、まず楽しんでください」と渡辺さん。「家族で箱根に来られる前にちょっと立ち寄っていただいて親子の会話の種になったりすると、それも十分ですし、展示がきっかけで昆虫沼にはまって、『将来昆虫学者になる』みたいな子が出てきてくれたら、それはそれですごく嬉しいことです」とあくまで受け取り方は自由であると説明。
そのため、館の展示の特徴としても説明などは多くを記載しないようにしているそう。今回増設の展示についても、「二次元コードの(読み取り)先に結構長い解説を用意した」一方「展示室自体にはあまり細かく(説明を)書いていないです」とのことで、「『昆虫って色々いるんだ』や、『こんなかっこいいのがいるんだ』と、小さいことでもいいですし何かを感じていただけたら」と語ります。
一方、関心を持った場合の選択肢もさまざま。「学芸員の話を聞きたいとなったら、観察会もやっていますし、本を読みたいと思ったらライブラリーがあるので。専門的に学びたいという方がいたら、いろんな文献、論文、解説も書いていますので、そういったものを使って挑戦していただきたいです。ハチに関しては、さらに突き詰めてみんなで学びたいという方のために、ハチを“たしなむ”方が集まる会を自分たちで運営したり、科学研究の成果を出す学術誌を私が編集して出したりとか、そういったいろんなところで支援をしています」と渡辺さん。
最後に「神奈川県立生命の星・地球博物館」の特徴についても聞くと、「学芸員の主体性に基づいて展示や普及活動ができる施設である」ことを挙げた渡辺さん。「我々の博物館は、お金(予算)は少ないんですけれども、自分たちの活動の成果をちゃんとお客さんに伝える展示を手作りしているというところが一つのアピールポイント」といいます。「美しさとか見栄えとか、お金がある博物館にはかなわなくても、中身の濃さは十分負けていないと思うので、見ていただけると嬉しいなと思います。なるべく自前の資料でやっているのもポイントです」と語ってくれました。
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