植物を守ることは、未来を守ること
―武田薬品・京都薬用植物園が90年以上続けてきた仕事―

コラム

―植物を守ることが、なぜ未来を守ることにつながるのか

今日は武田薬品・京都薬用植物園 太田さん、上村さんのお二人に、この問いに90年以上向き合い続けてきた場所、京都薬用植物園について、お話を伺えればと思います。

京都薬用植物園というと、一般的な植物園のイメージとは少し違いますよね。

太田さん:「私たちは、華やかな展示や賑わいを前面に出す植物園ではありません。
地元京都をはじめ世界中から集めた植物遺伝資源を、静かに、確実に守り、育て、活かしてきました。
その積み重ねが、地球の生態系だけでなく、人々の健康や社会を支えてきたと考えています。」

なぜ今、京都薬用植物園なのか

―『植物園』と聞くと、珍しい花や木を眺める場所を思い浮かべる人も多いと思います。
京都薬用植物園が向き合ってきたものは、それとは少し違うように感じます。


太田さん:「私たちが向き合ってきたのは、見た目の美しさだけではありません。
生物多様性を守り、人々の健康や暮らし、そして未来へとつなぐための“現場”である、という意識が根底にあります。
90年以上にわたり、植物遺伝資源を守り、育て、活かしてきましたが、今の社会だからこそ、その役割を改めて伝える必要があると感じています。」

90年以上続く植物園が、今も未来を見ている理由

―約90年前に設立されたということですが、とても歴史のある植物園なのですね。

太田さん:「その目的は、単に植物を集めることではなく、植物遺伝資源を保全し、社会に役立てることでした。
植物、動物、菌類、微生物が適度な多様性を保って生息することで、生態系は回復力を持ち続けます。
このバランスが崩れれば、自然環境だけでなく、人の暮らしや健康にも影響が及びます。
同園は、こうした考えのもと、地元京都だけでなく世界各地から植物遺伝資源を集め、長い時間をかけて保全してきました。
その一部は、健康増進や病気と闘うための研究にも活用され、今日の医療や健康分野を支える基盤の一端を担ってきました。
現在は、「保全するだけで終わらせない」という姿勢をより明確にし、植物を起点に、人と自然、社会をつなぐ役割を担っています。」

「守る・つなぐ・伝える」─3つのアクション

椿

―その考え方を象徴しているのが、『守る・つなぐ・伝える』という言葉ですね。

太田さん:「京都薬用植物園の活動は、『守る』『つなぐ』『伝える』という三つのアクションに集約されます。
これは理念として掲げられているだけの言葉ではありません。
日々の管理や研究、来園者とのやり取りの中で、実践され続けている行動指針です。」

守る:植物遺伝資源と生態系と文化を未来へ

―『守る』という言葉の捉え方も、一般的なイメージとは違いそうです。

太田さん:「京都薬用植物園における『守る』とは、植物をそのまま保存することではありません。
季節の移ろい、病虫害、土や水の状態などを見極めながら、必要な手入れを積み重ねていくことです。
日本植物園協会の中では植物保全拠点園としての役割を担い、リスク分散の観点から国際種子交換事業を推進し、薬用植物を中心に希少植物や、地元京都の伝統野菜(京野菜)、地域固有の植物資源が守られてきました。
また、植物は文化とも深く結びついています。
祭事や行事、伝統文化に欠かせない植物資源を絶やさないことも、同園の重要な使命です。」

―ツバキの系統保存も特徴的ですよね。

太田さん:「園内では505品種のツバキを系統保存しています。
そのうち、武田薬品京都薬用植物園命名ツバキ品種群136品種は、日本植物園協会のナショナルコレクション第一号として認定されています。
ただ、これらは『すごさ』を表すための実績ではありません。
植物遺伝資源を確実に守り、次の世代へ継承していく体制が整っていることを示す証しだと考えています。」

つなぐ:植物園の外へ広がる知とネットワーク

―活動は、園内だけで完結していないんですね。

太田さん:「自然史系博物館や教育機関、各種団体との連携を通じて、知識と技術を社会へ広げています。
一方で、園内では栽培技術や展示ノウハウ、標本やデータを脈々と引き継いできました。『つなぐ』ことで初めて生まれる価値を大切にしてきました。
植物を起点に、人と人、組織と組織がつながることで、生物多様性保全の輪は、より確かなものになっていきます。」

伝える:知識ではなく、体験として届ける

―『伝える』ことについては、どのように考えていますか。

太田さん:「『伝える』とは、知識を一方的に教えることではありません。京都薬用植物園が重視しているのは、体験を通じた理解のことです。
見学研修会や授業利用、各種イベントにおける講演や講習会を通して、来園者が自ら感じ、考えるきっかけを提供しています。」

国内希少動植物保全種の保有数が日本一の保全拠点として

―京都薬用植物園は、希少植物の保全という点でも、国内で高い評価を受けていますよね。

上村さん:「京都薬用植物園は、環境省から『認定希少種保全動植物園等』(※1)として認定されており、国内希少野生動植物種の保有種数は日本一です。
さらに、樹木園は国内植物園で初めて、日本の制度である『自然共生サイト』に認定されました。自然共生サイトは、企業や自治体などが管理し、生物多様性の保全に貢献している区域を環境省が認定する制度で、政府が掲げる『30by30』(※2)目標の達成に向けた取り組みの一つです。」
※1:環境省「認定希少種保全動植物園等の一覧(公示)」
※2:環境省「30by30」

―京都薬用植物園では、京都水族館との協働にも取り組まれていますが、どのような狙いがあるのでしょうか。

上村さん:「京都府内の希少な生きものを守り、そのつながりを伝えるための取り組みです。
「京都府レッドリストに掲載されている生物」を共通項として、植物園からは「オグラコウホネ」などの水生植物を、水族館からは淡水魚であるカワバタモロコを相互に交換して展示し、来館者が実物を通して植物と動物が支え合う生態系を体感できるようにしています。
こうした体験を通じて、生物多様性を身近に感じてもらうことも目的の一つです。」

五感で学ぶ薬用植物園─“実物に触れる”体験の力─

教育普及イベント

―来館者が体験できる学びの質も、京都薬用植物園ならではだと感じます。

上村さん:「ありがとうございます。
京都薬用植物園の大きな特徴は、五感を使った体験型の学びです。
香りを嗅ぎ、葉や根に触れ、ときには味を知る。
薬用植物の地下部など、教科書では伝わりにくい部分も、実物を前にすると理解が深まります。」

―実物に触れる体験は、印象に残りやすいですよね。

上村さん:「専門性の高いスタッフによる丁寧なガイドとあわせて、「実物に触れて理解する」体験は、他の施設にはない価値になっていると思います。
年間およそ6,000人が来園しており、その多くは一般向けの見学研修会への参加者です。
こうした機会を通じて、実物に触れて学ぶ体験が多くの方に受け入れられています。」

植物を通して、人が変わる瞬間に立ち会う仕事

―現場で働くスタッフの皆さんが、大切にしていることは何でしょうか。

上村さん:「私たちが大切にしているのは、植物を『守る、つなぐ、伝える』という使命です。
日々の管理や見学研修会の案内は、正直なところ地道な作業の連続です。
それでも、来園者が植物を通して何かに気づき、考え方が変わる瞬間に立ち会えることが、最大のやりがいだと感じています。」

―人の変化に立ち会える仕事、ということですね。
「植物が、人の価値観や行動を変える。
その現場に立てることこそが、この仕事の魅力だと思っています。」

“守り続ける”ために、これから挑戦したいこと

伝統野菜

―今後に向けて、どのような挑戦を考えていますか。

上村さん:「植物は、一度植えれば終わりではありません。変化し続ける存在だからこそ、守り続ける仕組みが必要です。
今後は、京都の希少植物や伝統野菜の系統保存、祭事文化を支える植物資源の確保をさらに強化していきます。
90年以上積み重ねてきた知恵を、次の世代へつなぐことが、これからの大きな挑戦です。」

植物を起点に、社会と未来をつなぐ場所へ

―これからの京都薬用植物園が目指す姿について、教えてください。

上村さん:「今後は、動物園や水族館、教育機関との連携をさらに深めていきたいと考えています。標本や栽培技術、保有植物に関するデータをオープンに共有していくことも、その一つです。
植物園という枠を超えて、生物多様性を学び、考え、行動するための拠点として、社会とのつながりを広げていきたいですね。」

まとめ|この植物園が守っているのは、植物だけではない

薬用植物園

―最後に、読者の方へメッセージをお願いします。

上村さん:「京都薬用植物園が守っているのは、植物だけではありません。そこから生まれる知恵、文化、人の気づき、そして未来です。
植物を通じて、私たちの暮らしと自然の関係を見つめ直す。
この場所が、そのきっかけを与え続けられたらと思っています。」

 

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